MacBook Air開封の儀(朝から乾杯つき)
MacBook Air開封の儀(朝から乾杯つき)
帰ってくるというつもりなく所持金5000円で東京に向かったことは自分史に残るだろう。その5000円のうち2000円が今、夜行バス出発に間に合わせるためのタクシー代(釣りはいらねぇぜ)に消えた。
ついていけなくなるときが多いのは、走るスピードが遅いんじゃなくて、止まってしまう時間が長いから。ここ数年こんなことずっと。このままではいけない。
ふっと、我にかえる。
ああ、なるほど、これが歩くということか、歩けと言われるということか。
まだ、ほとんど足らない。
日記書くならここに書くか、Posterous使うか、はてダに書くか、ずっと迷ったりしながらどこにも何も書いてなかった。
これからの俺が生きる道は、「モナド」か「NEET(Network-based Education, Employment, and Training)」しかない。
モナドや仕事で使う道具について、「MacBook Air 13インチ」か「MacBook Pro 15インチ」かを迷っている。
そして住居はいったん、ギークハウス高円寺だ!!!
幸いなことに、俺は人を殺していないし、怪我をさせてもいないし、誰か人を廃人に追いやったりもしなかったので、かろうじて生きている。
いつまでこのように「かろうじて」生きていくつもりなのか?ただ生きてくことにメリットを見いだせない。しかし、死にたくはないんだ。
ついにlivedoor Readerの未読30000件余を全部既読にした。9ヶ月ぶりだと思う。もちろん読んだわけじゃない。
少しずつ進めていく、進んでいく、取り戻していく。
自分にとっての「わたくしといふ現象は」の続きを探してる。
頭ん中でだけでも異常・異常なって形容し付けてばかりいると異常が常になるよ。あと、頭の異常より体の異常の方が感覚的にしんどいと思った。慣れの問題かな。慣れも問題かな。
言えばツーカーで伝わるとは思わないでください。言葉が少ないです。主語や目的語を省略しないでください。そもそもなぜそれが必要なのか、必要ならなぜ自分がやるべきなのか・私がやるべきなのか、誰がやるか関係なく理由・目的をちゃんと言えるようにしてください。そしてこれからもツーカーで伝わるとは思わないでください。過去のメモから
思い出を塗りつぶし、新しい良い夢を見よう。
楽なことは求めてないし、これは苦労じゃない。
「自分以外信じないヤツは1度ぎりぎりまで人を信じたはずだ」→「自分信じないヤツは1度ぎりぎりまで自分を信じたはずだ」
「レベルをほんの少し超えたところでがんばるのよ、そのくらい、できるでしょう?」を反対に言うと「レベルを下げて生きるのよ、そのほうが楽でしょう?」なのかな。…ふざけるなよ。